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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9309号 判決 1996年10月24日

原告

大阪トナミ運輸株式会社

ほか一名

被告

株式会社田川鉄筋コンクリート工業所

ほか三名

主文

一  被告らは、原告大阪トナミ運輸株式会社に対し、各自二五四万七〇〇〇円及びこれに対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告住友海上火災保険株式会社に対し、各自三三万〇八七〇円及びこれに対する平成五年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

五  この判決の第一、第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告大阪トナミ運輸株式会社(以下「原告大阪トナミ」という。)に対し、各自四五三万四〇〇〇円及びこれに対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告住友海上火災保険株式会社(以下「原告住友海上」という。)に対し、各自一二三万五二七六円及びこれに対する平成四年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

以下の事実のうち、1、2、5は当事者間に争いがなく、3、4は甲第五号証の五、検乙第一号証、検丙第一号証の一ないし四及び証人高岡浅一、同後藤道孝の各証言、被告恩知孝司本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨により認めることができる。

1  被告恩知孝司(以下「被告恩知」という。)は、平成四年八月二七日午後八時三〇分ころ、神奈川県足柄上郡大井町山田二〇先東名高速道路下り線において、大型貨物自動車(和泉一一く三八一六、以下「恩知車両」という。)を運転中、前方を走行していた被告財津勝二郎(以下「被告財津」という。)運転の普通貨物自動車(筑豊一一さ三二四四、以下「財津車両」という。)に恩知車両を衝突させた。

2  原告大阪トナミの従業員である後藤通孝(以下「後藤」という。)は、そのころ、原告大阪トナミの所有する大型貨物自動車(和泉一一く一四六五、以下「原告車両」という。)を運転して前記場所に近づき、恩知車両及び財津車両との接触を回避しようとし、左に急ハンドルを切るなどしたため、原告車両の左側部をガードレール、キロポスト、街灯に接触させた(以下「本件事故」という。)。

3  本件事故現場は、東名高速道路下り線上の、大井松田インターチエンジへの流出路との分岐点を過ぎ、同インターチエンジからの流入路との分岐点までの約四五〇メートルの間にある。同下り線は、同インターチエンジからの流入路との分岐点までは二車線であるが、分岐点を過ぎると、左側に一車線増えて三車線となつた後、左寄りの車線と中央車線が左側に、右寄りの車線が右側に分岐するようになつており、左側に分かれた方は「左ルート」、右側に分かれた方は「右ルート」と呼称され、左ルートは、右ルートとの分岐後大井松田インターチエンジからの流入路と合流するが、右ルートには同インターチエンジからの流入はない。また、右ルートは、左ルートとの分岐後やがて左側にもう一車線増えて二車線となるが、左ルートとの分岐が始まる地点から二車線となる地点にかけて導流帯(縞模様状の白色ペイントによる道路標示で、いわゆる「ゼブラゾーン」と呼ばれるもの。)が設けられており、この導流帯の左側は左ルートとなつているが、導流帯の終了する地点の少し手前からは、左ルートと右ルートとは分離帯により分離されている(別紙図面のとおり)。なお、左ルートと右ルートは、分岐した後再び合流するようになつており、御殿場、静岡方面に行くためには、いずれのルートを選択しても差し支えない。

4  恩知車両と財津車両との衝突は、東名高速道路下り線を財津車両を運転して進行して来た被告財津が、本件事故現場付近に不案内であつたため、左ルートへ行けばよいのか右へルートへ行けばよいのかわからなくなり、導流帯に進入したうえ減速しつつあつたところへ、導流帯上を進行しそのまま右ルートの左側車線に進入しようとしていた被告恩知車両が、財津車両に後方から衝突したというものである。そして、本件事故は、後藤が原告車両を運転して東名高速道路下り線の追越車線(二車線区間の右寄りの車線)を進行して来て、そのまま右ルートへ向けて進行していたところ、恩知車両と財津車両との衝突を目撃し、右衝突により恩知車両が原告車両の走行車線に割り込み原告車両の進路が妨げられるものと思い、接触を回避するために左にハンドルを切つたところ、今度は、恩知車両に追突されて財津車両が左側に押し出されてきたと感じ、これとの接触を回避しようとして、更に左に急ハンドルを切つたために発生したものである。

5  被告株式会社田川鉄筋コンクリート工業所(以下「被告田川鉄筋」という。)は、被告財津の使用者であり、本件事故当時、被告財津は被告田川鉄筋の業務の執行として財津車両を運転していた。また、被告株式会社豊興(以下「被告豊興」という。)は、被告恩知の使用者であり、本件事故当時、被告恩知は、被告豊興の業務の執行として恩知車両を運転していた。

二  争点

1  本件事故の態様

2  原告大阪トナミの損害

3  過失相殺

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件事故の態様)について

1  前記第二の一(争いのない事実等)の事実に、検乙第一号証、検丙第一号証の三、四及び証人髙岡浅一(以下「髙岡」という。)の証言、被告財津、被告恩知各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告恩知は、導流帯内を走行中、財津車両のストツプランプに気づきブレーキを掛けたが間に合わず、恩知車両の左前を財津車両の右後ろに衝突させ、この結果、財津車両は前方やや左向きに押されて、導流帯内で、導流帯の終点近くにある車止めの方を向いて停止し、一方、恩知車両は、前方をやや右側に向け、導流帯から右ルートの車線に車体の一部をはみ出した状態で停止したこと、原告大阪トナミの運転手で、本件事故当時原告車両に後続して大型貨物自動車(以下「髙岡車両」という。)を運転して進行していた髙岡は、恩知車両と接触することなく、その脇を通過して、右ルートを進行して行つたことが認められる。

証人髙岡は、導流帯から追越車線に恩知車両が頭を出してくるのが見えたので、速度をかなり落とし髙岡車両が通行できることを確認し、低速でぎりぎり通れそうだつたのでゆつくり右にかわして通過した、恩知車両は導流帯から追越車線に頭を一メートルくらい出していたと供述するが、被告財津が、財津車両は導流帯からははみ出ておらず、他の車両の走行の妨げにはなつていなかつたし、他の車両は時速一〇〇キロメートル以上の速度で普通に走つていたと供述し、また、被告恩知も、ほとんどの車はそのまま通り過ぎていつたと供述していることに照らすと、証人髙岡の右供述はそのまま信用することはできない。しかし、検乙第一号証及び被告財津、被告恩知各本人尋問の結果によれば、本件事故後、導流帯内に残された恩知車両によるスリツプ痕は、導流帯の右ルート車線側近くに、しかも、前方をやや右ルート車線側に向いて伸びていることが認められるうえ、証人後藤、同髙岡の証言によれば、後藤は恩知車両まで約五〇メートルの地点で回避措置を採つたこと、髙岡は、原告車両の後方約五〇メートルを髙岡車両を運転して走行していたことが認められるから、これらによれば、原告車両が恩知車両に近づいていた時点では、恩知車両は導流帯からやや右ルート車線へ向いてまだ動いていた状態であつたことは明らかであり、仮に、右時点では恩知車両がまだ導流帯からははみ出していなかつたとしても、右のような状況のもとでは、後藤が恩知車両との衝突の危険を感じ、これを回避しようとしたことはやむをえないものであつたということできる。

2  次に、証人後藤の証言によれば、本件事故当時の原告車両の速度は時速一〇〇ないし一〇五キロメートルで、後藤は、恩知車両との衝突を回避しようとして左にハンドルを切つたところ、今度は財津車両を発見し、財津車両との衝突を回避しようとして更に左にハンドルを切つたところ、急ハンドルとなつて左側に寄りすぎ、本件事故が発生したことが認められる。なお、証人後藤は、恩知車両を回避して左側に進んだ際、前方で財津車両が導流帯の左側から先端部を少しはみ出し、六〇度くらいの角度で左にキヤビンを向けほとんど真横の状態であつたのを発見した旨供述するが、この供述は、前記認定に照らし信用できない。そうすると、本件事故は、後藤が、財津車両が導流帯左側に進出してくるものと錯覚し、時速一〇〇キロメートルを超える速度で進行中に急ハンドルを切るという不適切な措置を採つたことが原因で発生したものと認めるのが相当である。しかし、右のような後藤の措置も、後藤にとつてみれば、突然原告車両の進路を塞ごうとした恩知車両との衝突を回避した矢先に財津車両を発見して狼狽して採つたものであつてやむを得ない面があり、本件事故が財津車両と恩知車両との衝突に起因することは明らかである。

3  ところで、導流帯は、道路標識の一種で、車両の安全かつ円滑な走行を誘導するため必要がある場所に設けられる区画線(指示表示)であり(道路標識、区画線及び道路標示に関する命令別表第三ないし第五)、通常車両の走行は予定されていない場所であるから、やむをえず導流帯内に進入する場合には、周囲の車線内を走行する車両等に十分な注意を払うべきことは当然であるが、被告恩知本人尋問の結果によれば、被告恩知は、本件事故当時、恩知車両を運転して、時速八〇ないし八五キロメートルの速度で本件事故現場に至るまで走行車線を進行していたが、右ルートへ進もうとしたものの、追越車線の交通量が多く入れなかつたので、導流帯を進行すれば右ルート車線に入ることなく右ルートの左側車線に進入することができることを知つていたため、導流帯に進入し進行していたことが認められ、被告恩知は、やむを得ない事情もないのに導流帯に進入したうえ、前方不注視の過失により、導流帯で減速しつつあつた財津車両に衝突し、その結果、原告車両の通行に前記のような危険な状態を生じさせたものと認めるのが相当である。なお、被告恩知は、導流帯を走行するのがいいとは思わないが、そうすることが安全だと思つたと供述するが、前記のとおり、被告恩知はもともと走行車線を進行していたのであるから、そのまま左ルートへ進めばなんら危険な状態には至らず、むしろ、右ルートへ強引に割り込むためあえて導流帯へ進入したものというべきであつて、被告恩知の右供述はなんら合理性を有しない。

一方、被告財津本人尋問の結果によれば、被告財津は、本件事故現場付近で行き先の表示板を見損なつて左右のどちらに行つてよいのかわからず導流帯に入つたこと、導流帯内で減速し導流帯の終了地点付近に設置された行き先の表示板を見ようとしていたところ、恩知車両に衝突されたこと、衝突されるまで恩知車両には気付かなかつたことが認められ、被告財津においても、導流帯に進入するについてはやむをえない事情があつたものとは言い難いし、また、導流帯内で周囲の車両の動静に十分に注意していたとも認められないから、被告財津は、合理的な理由もなく導流帯に進入しかつ周囲の車両の動静に対する注意を怠つた過失により恩知車両に衝突され、被告恩知の過失と相俟つて、後藤に本件事故を発生させたものというべきである。

4  以上によれば、本件事故は、被告財津及び被告恩知の過失と、後藤が、本件事故当時時速一〇〇キロメートルを超える速度で原告車両を運転していたうえ、財津車両及び恩知車両との衝突を回避する際に採つた措置が不適切であつたことが競合して発生したものと認めるのが相当である。

二  争点2(原告大阪トナミの損害)について

1  車両損害 四五三万四〇〇〇円(請求どおり)

甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により原告車両のウイングホデイが全壊し、原告大阪トナミは、原告車両の修理について、大阪日野自動車株式会社から、ウイングホデイの新規製作に四三七万四〇〇〇円、ボデイ取り外し作業に一〇万円、キヤビンの左ドア板金塗装一式に六万円の合計四五三万四〇〇〇円との見積りを受けたことが認められ、原告大阪トナミは、本件事故により同額の損害を受けたものと認められる。

2  積荷損害 五万円(請求どおり)

号第三号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三、第一二号証及び証人後藤、同佐々木淳の各証言によれば、原告大阪トナミは、三宝運輸株式会社(以下「三宝運輸」という。)が味の素株式会社(以下「味の素」という。)から請け負つた商品の輸送を更に三宝輸送から請け負い、右輸送のため、原告車両には本件事故当時ホンダシイリコダシ七六八カートン、菜種&大豆油六〇〇g八五一缶、ベニ花油七〇〇g二七六缶が積荷されていたこと、本件事故後、味の素は、ホンダシイリコダシ六六〇カートンは正品として引き取つたものの、本件事故により、ホンダシイリコダシのうち一七カートンが紛失したほか、九一カートンについては破損し商品として販売するのが困難な状態となつたとして味の素が引き取りを拒否し、また、菜種&大豆油及びベニ花油についても一部が紛失したほか、回収された分についてもほとんどが凹損又はかき傷を被り、これらが進物用の商品であつたことから、商品価値を喪失したものとしてやはり味の素が引き取りを拒否し、結局、原告大阪トナミと味の素との間で、味の素が引き取りを拒否した破損又は汚損した商品については原告大阪トナミが合計一〇万九六六九円で引き取り、そのほかに、原告大阪トナミが味の素に対し一一六万九五六七円の損害賠償債務を負担するとの合意がされたことが認められる。

しかし、本件事故により原告車両の積荷が相当程度損傷したことは窺われるものの、原告大阪トナミと味の素との合意が相当なものであつたことを裏付ける客観的な資料は本件では見当たらず、また、証人後藤、同髙岡の各証言によれば、後藤は本件事故後も走行を続けていることが認められるところ、その際に積荷の一部が紛失した可能性も否定できないことも考慮すれば、原告大阪トナミの積荷損害についてはこれを控えめに算定するのが相当であり、前記一一六万九五六七円の六割に当たる七〇万一七四〇円を限度にこれを認めるのが相当である。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告大阪トナミと原告住友海上との保険契約により、右損害賠償額の五万円を超える部分については、原告住友海上が原告大阪トナミに保険金を支払うことになつているものと認められるから、結局、原告大阪トナミは、原告車両に積載されていた積荷に関し、五万円の損害を受けたものと認められる。

3  休車損害 〇円(請求七〇万円)

原告大阪トナミは、本件事故により、原告車両の修理のために三〇日間の休車を要する損害を被つたところ、原告車両の一日あたりの休車損害は少なくとも二万五〇〇〇円となるので、これにより少なくとも七〇万円の損害を被つたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

三  争点3(過失相殺)について

既に認定した被告財津及び被告恩知の過失の内容のほか、後藤が、本件事故当時時速一〇〇キロメートルを超える速度で原告車両を運転していたこと、原告車両に後続して進行していた髙岡は恩知車両と接触することなく恩知車両の脇を通過していること、他にも恩知車両または財津車両と接触した自動車があつたことは認められないこと、後藤が最初に恩知車両との衝突を回避しようとして左にハンドルを切つた時点では、原告車両と後藤車両との間には約五〇メートルの距離があり、かつ、後藤が右回避措置を採つた時点では本件事故は発生しておらず、その後、後藤が財津車両が導流帯左側に進出してくるものと錯覚し、左に急ハンドルを切つたために本件事故が発生したものであることに照らすと、本件事故直前の後藤の判断及び後藤の採つた措置が本件事故による損害の発生及び拡大に寄与したことは明らかであり、右は後藤の使用者である原告大阪トナミの過失として考慮すべきであるところ、右のような事情のもとでは、原告大阪トナミに生じた損害から過失相殺として五割を控除するのが相当である。

四  結論

1  原告大阪トナミは、本件事故により原告車両が破損したことにより四五三万四〇〇〇円の損害を受けたところ、これより過失相殺として五割を控除すると二二六万七〇〇〇円となる。そして、積荷損害については五万円と認められるほか、原告大阪トナミは、休車損害が認められない場合は、同額について弁護士費用を請求するとするところ、本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は二三万円が相当であるから、結局、原告大阪トナミは、被告ら各自に対し、二五四万七〇〇〇円の支払を求めることができる。

2  弁論の全趣旨によれば、原告住友海上は、原告大阪トナミとの保険契約により、原告大阪トナミに対し、本件事故による原告車両の積荷損害として一一一万九五六七円を支払つたことが認められるものの、前記のとおり、本件事故によつて原告大阪トナミが受けた積荷損害七〇万一七四〇円から過失相殺として五割を控除し、更に原告大阪トナミが負担すべき五万円を控除すると、残額は三〇万〇八七〇円となるから、原告住友海上は、右額の限度で、被告ら各自に対し支払を求めることができる。

次に、原告住友海上は、積荷の損害額の査定のために必要な費用として日本海事検定協会に対し六万五七一四円を、株式会社損害保険リサーチに対し四万九九九五円を支払つたと主張するが、これらを認めるに足りる証拠はないから、理由がない。なお、原告住友海上は、右調査費用が認められない場合は、同額について弁護士費用を請求するとするところ、本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は三万円が相当である。

よつて、原告住友海上は、被告ら各自に対し、三三万〇八七〇円の支払を求めることができる。

なお、原告住友海上の被告らに対する請求は、原告住友海上が原告大阪トナミに対して保険金を支払つたことにより、原告大阪トナミから、原告大阪トナミが被告らに対して有していた損害賠償請求権を取得したことに基づく請求であるところ、右の場合における遅延損害金の発生の起算日は原告住友海上が原告大阪トナミに対して保険金を支払つた日の翌日であると解されるが、右保険金を支払つた日については証拠上明かでないものの、遅くとも記録上明かな本件訴えの提起された平成五年九月三〇日までには右支払があつたものと認められるから、原告住友海上は、被告らに対し、前記金員に対する右の日の翌日である平成五年一〇月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるというべきである。

(裁判官 濱口浩)

別紙図面

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